変態は女子高に咲く (なみなみ文庫) Kindle版
くじら (著)
試し読み
プロローグ
チョコレートみたいな茶色のブレザー。裾に黒いラインの入ったベージュのジャンバースカートに、襟元へ花の刺繍が入った白い丸襟のブラウス。学年によって縞の色が違うリボンタイは、一年は緑、二年が赤、三年が青。私は二年だから、赤だ。
茶色のハイソックスには校章が入っている。他には、黒いストッキングや、三つ降りの白いくるぶし丈ソックスを選ぶことができる。あまり光沢がない黒く柔らかい皮でできたストラップシューズは、内股でしずしずと控えめに歩くハイソなお嬢様のために作られたエレガントなアイテムだ。
眩しい……。
新居の自室の壁にかかった新品の制服一式。
溢れんばかりの乙女度に、私は早くも屈してしまいそうだった。
私立白百合女学院高等部。
名前の通り乙女の園のである。
いや、まだ通ってないからわからないんだけど、日曜日に通学路を確認がてら校舎を見学に行ったら、白百合という清楚な名称に恥じない女子力の高い建物だった。
レンガの壁に高い門。入り口にある丸い花壇はよく手入れがされていて、夏の終わりに咲く花が美しく彩っていた。
花壇の中央には女学生の像が佇んでおり、二百年の伝統の始祖となった初代学長の少女時代を象っているらしい。彼女の足元のプレートには『守られるように儚くありながら、守るくらい強くなる』と校訓が書いてあった。
乙女も休日には部活をやるらしい。テニスのラケットを持った爽やかな生徒が、ピンクと白のスコート姿で校舎から出てきた。まるでフヨウの花束が囁きながら咲いているようだった。
私は見つからないように思わず隠れてしまった。女子力に当てられてどうにかなってしまいそうな微笑だった。
場所もわかったから、そのまま帰った。心が折れたのだ。ぽっきりと。
仲良くできるのだろうか。
……仲良くしなければいけないのだけれど。
そもそも女子校というものは恐ろしい場所と聞く。
今までは近所の公立高校に通っていた。もちろん男女共学だ。転校の理由は親の都合であり、後ろ暗い理由は特にない。また、転入先は親族関係から決まった。転校は何度かしているため、あまり恐ろしいとは思わない。不安もそんなにない。
なぜこんなにびびっているかというと、幼稚園から一貫した女子校だからだ。
女子とは群れの力が強いものである。
新参者の付け入る隙がないくらい、結束が強くなっているのではないか。
そして、ここは女子校。
男女共学とは異なるルールの世界であることは、想像に容易い。
その上、私はしょっぱいくらいに庶民だ。
なじめなければどうなるか。
ぼっち? 空気? お一人様?
それで済むならいいんだけど!
もしも次の『標的』を求めているような薄暗い感情が渦巻いていたとしたら……あぁ、考えたくもない。お嬢様のいじめって、シューズに画鋲をいれたりとか、衣装をずたずたに引き裂いたりとか、現実味の薄い想像しかできない。
なんにしても、私は今日から女子校に通う女子高生なのである。
パジャマ代わりのTシャツとショートパンツを脱ぎ捨てて――いかん、女子校に通うような乙女はきっとふわふわフリフリな可愛いパジャマを畳んで、きっとクマとかに「いってきます」なんて挨拶をするんだろう――畳んで枕元に置く。
制服を着装。
スカート丈、膝上五センチ。長く感じる。
茶色のハイソックス。……これ、足太く見えない? 足首、気になる。
腰より下の髪は高い位置でポニーテールにまとめる。こればっかりは変えられない。頭皮とぎゅっと引き締める感じがないと、なんだか気分もたるんでしまう。
「いかん」
ハンカチを忘れていた。女子校ってハンカチ忘れただけでいじめられたりするのかな。ハンカチって女子力高いアイテムだよな……。あまり趣味ではないけれど、レースで縁取られたお花の刺繍のハンカチとか、持ったほうがいいのかな。
みんなとテイストをお揃いにする。安易だけど、目立たなくなる安全な手段。野性なんかでも保護色という言葉があるくらい、溶け込むことは安全に近い。
目立つのは悪いことではないけれど、悪目立ちの可能性を考えれば恐ろしい。出る杭は打たれるとも言うし。
胸と鞄に不安をいっぱい詰め込んで、私は家を出た。
同じ制服を着た少女を見るたびに疎外感と不安が膨らんでいった。
一章
(一)乙女異常空間
教室。
白い扉を開けて進入。
女の子特有の黄色いヒソヒソ声が上がる。
これが私の評価――耳を澄ます。
「……イケメン」
「かっこいいよね……」
んん? それは男の子に使う形容詞じゃないのかな。
私の笑みは、緊張とは違う心理的形状に沿って強張っていく。
それでも、聞えないフリ。心の綺麗な人のフリをしてやりすごそう。
黒板の前に立ったら教室の中がよく見えた。
いい匂いのしそうな顔ぶれだ。お嬢様ライクな、清楚、清潔、真面目、ちょっと地味、言い換えれば控えめ。楚々とした白百合たちが真っ直ぐに私へ視線を注いでいる。全ての目がきらきらと星を閉じ込めたように輝いて見えた。
みんな素直っぽい。
そうでなければ、こんな興味津々な好奇心に輝く顔はしないだろう。
私は少しホッとして、肩の力を抜くことができた。すぐに嫌な当たり方をされたり、いじめられたりしなさそう。教室内にいじめを感じないという清涼さも私の安心を支えた。
「木岐キリカです。前の学校ではキリって呼ばれていました。よろしくお願いします」
……お嬢様って、挨拶のあとにスカートつまんだりするのかな? ほら、足をクロスさせて、小首を傾げるみたいな……わからない。
でも、やらないと「無作法だわ」なんてチクチク突っついてくるような雰囲気ではない。おおらかな歓迎の気配が教室に満ちている。
無理しなくていいのかな。
よし、はがれるメッキをまとうくらいなら、笑顔の対応でできる限りの好印象を買おう。わからないところはわからないと言える強さを見にまとう必要性はあるけれど。
「うちのクラス超ラッキーじゃない?」
「ファンクラブ作る?」
ヒソヒソ声。
すごくいい印象だってことはわかった。よすぎるくらいだ。
私、ただの転校生。いきなりファンクラブとか持ち上げられても困る。
どうしてそうなるのか全然がわからなかった。
これが女子校特有の仲良くしたい気持ちの表現方法なの?
これもまた、一種の洗礼なの?
笑顔がどんどん強張るぞ。溶け込めない感がはんぱない。アイスココアを作ろうとして粉末にいきなり水をぶちこんだときくらいに溶けていかない。ダマになってカップの端にぷかぷか浮いている。
クラス担任の山吹先生は予想していたのか、ぱんぱんと手を叩いて注目を集めた。
未婚、彼氏なし、三十代手前、でも年齢より若く見える。お化粧は薄めだけど元がいいから問題ない、かな? 長い髪に仕立てのいいスーツ。行き送れお一人様ルートまっしぐらの彼女もまた、この学校の出身である。一部の人にとって、ここはゆりかごから墓場までの居場所ということなのだろうか。怖い。
「皆さん、お静かに。木岐さんはあそこのあいている席……影丸さんの隣に座って」
こういうとききっちり黙るのはご家庭で躾けられている感じがする。
先生が手の平を上にして指の先で示したのは、窓際の一番後ろの席だった。おそらくもともと奇数のクラスで、ちょうど一個開いていた席に私の机と椅子を追加したのだろう。
影丸さんと目が合った。
長く厚く艶やかな黒髪、目の上で切りそろえた前髪。ぱっちりとした丸い目も黒く、宝石のように濡れ輝いている。ふっくらとした頬や胸元は女の子らしい。肌が白い分、頬の赤みがふんわりと透けて際立つ。
唯一気になったのは、眉毛が太いこと。困ったように八の字になっているのはもともとなのだろうか。全体的に整った顔立ちなのに、妙な特徴。それはそれでいいのかも。
悪い感じはせず、愛嬌に思えた。それは、彼女の性格もあるのかもしれない。
にぱっ。
影丸さんの顔に、ひまわりみたいな無邪気で無防備な笑顔が浮かんだ。
思わずつられて笑ってしまう。
「きゃあっ」
乙女らしいささやかな悲鳴がどこそこからあがる。
別にゴキブリが出たわけではない。じゃあなんだって、よくわかんないけど。
私は机の間を縫って、一番前から一番後ろへと移動する。
キラキラした熱視線を感じる。刺さってくる。視線って、赤外線で焼かれているような感覚だ。うなじがチリチリする。背筋が落ち着かない。
「よろしくね」
私は机の上に鞄を置いて、椅子に腰掛けながら小声で影丸さんに微笑みかけた。
この子はさっきから黙っている。口が動いていないから。
隣の席に人が居ないから喋っていない可能性もあるけれど、話したければ前の子をつっついてでも話せばいいのだ。
まともな子だといいんだけど。
隣だから、きっと一番最初の友達になるんだろう。彼女がいい子で理解できる子なら、うまくやっていく自身ができる。
影丸さんはふっくらとした唇を開き――
「拙者は影丸流継承者十五代目、影丸シノブでござる! 気軽に影丸と呼んでくだされ」
――ちっともまともではない主張をした。
可愛い声だなあ。ほどよく高くて、明るくて、張りがあって、舌のすべりもよくて。
でも、なんだって?
拙者?
影丸流?
ござる?
アホか。
忍者なら自己紹介で名乗ってんじゃねえ。忍べよ。
「わかった。影丸ね。私のことはキリって呼んでよ」
ああ、でも、悲しいかな。私は保身に走った。
虎穴にはいらずんば虎児を得ず。
彼女がここのルールの中で間違っていないのならば、私は私の勝手な常識で彼女を否定することなどできないのだ。いや、しないほうがいい。
受け流すこと、柳の如し。私は湧き上がる衝動のようにこみ上げてくる一般社会的通年を押し殺し、微笑を返した。
授業の教科書は影丸が見せてくれた。
実に綺麗な教科書だった。書き込みもラインの一本もない教科書。じゃあノートはとっているのかといえば、別にそうでもない。ぐちゃぐちゃとした落書きが書かれていた。
影丸は、三時間目の数学の授業で当てられていた。私に教科書を見せながらも、机に突っ伏して寝ていたからだろう。
当然、前後の話なんか聞いていない状態で、問題なんか解けるわけもない。
お目覚めからの当てられツスタンダップはいつのもお決まりの流れみたいなものらしく、教室は呆れながらもクスクスと暖かな笑いに満ちている。嫌われてはいないようだ。
どうやらお勉強は苦手みたいだ。
私はノートの端に解答を書いて、影丸に向けると指先でトントン指し示した。前の学校は授業内容を少し先取りして進むような進学校だったから、受験よりはブランド意識と花嫁修業を中心に添えているような授業じゃ、ぶっちゃけ楽勝だった。
「教科書のお礼」
先生に聞えないように囁く。
影丸はほうっと頬を染めてから、答えを読み上げた。なぜか鼻を押さえて、言葉が濁点多めになっていた。
他の女子まできゃあきゃあと盛り上がっている。先生が私の顔をちらりと見たから、さらし者になっただけで終わるのが普段だったのだろう。
あまり頭が良すぎても好ましくないという意見もたまに聞く。
女の子は小ざかしくなく、穢れなく、浮世離れしているくらいがいいのかもしれない。
世間とのズレは深層っぽさの演出で、乙女そのものなのかもしれない。
それを育むために俗世と隔離しているといわれれば、しょうがないだろう。
しかし、これではいささか常識から隔離されすぎているのではないだろうか。
このクラスに正気の人間はいるのか? 私以外に。
試し読み ここまで
For Princess 夢みるガーリー素材集
加藤木 麻莉 (著)
表紙にはこちらの素材集を使用しています。
仕事でも使用していますが、すごい使いやすくて大好きです。
たまに市販のTシャツにプリントされているの見かけますね。
あと、レビューいただきました。
百合好きによる百合好きのためのレビュー
ありがとうございます。
ここからは余談です。
2016年より前に書いたものです。
2018年にキンドルで出しました。その前は「なろう」で一時公開していました。
テキスト量は原稿用紙80枚前後くらいでしょうか。
書いていた期間は三カ月くらいだったような。
百合ギャグです。