短編小説「ポンポンペインクエスト」


 勇者は切り開かれた長い坂道を全力で駆けていた。左右はむき出しの山肌がそびえたっている。土地は乾いており、ぱらぱらと砂塵が頭上に落ちてきた。  勇者は歯を食い縛った。腹がぐるぐると鳴る。内側からこみ上げてくる激痛と焦燥感。しかし、尻を拭くものも、洗い流すための水もない。このあたりは草花とは無縁といえる土地だ。唯一の植物の葉は強い刺激を持ち、人間の肌をかぶれさせる。かくいう勇者の紋章がある右手も、うっかり葉を触ってしまい赤くはれ上がっていた。痒くて痛い。これで尻を拭うわけにはいかない。腹のものは間違いなく水分を多く含んでおり、拭くものがなければそのまま下着を着装するしかないのだ。 (加熱していない飲み物は絶対に口にしないと決めていたのに……!)  先ほど喉の渇きに耐えられず薬屋で貰った体力回復薬を口にしたのだ。自らの判断と欲求に負けた軟弱な精神を後悔する。世界を救う一人旅、体も精神も鍛えたつもりだった。異性との関わりも必要以上は持たず、最近女らしくなってきた幼馴染が町医者の息子と付き合っても努めて無心を貫き、枕を涙で濡らす夜を何度も越えてきた。だが、腹の弱さだけはどうしても克服することができなかった。 「くくく……腹が弱いとの噂は本当だったのだな、勇者よ……」  突如、視界の先に丸い影ができる。一歩後ずさって見上げれば、黒衣を纏った長身の男が腕を組んで浮かんでいた。 「お、お前は……闇の四英臣の!」  勇者は名前を覚えていなかった。彼は闇の四英臣の一人、シュバルツ・グランギニョルだ。オールバックにした銀色の長髪と真っ黒なマントがチャームポイント。  シュバルツは鋭利な顔に冷酷な笑みを浮かべ、モノクルを人差し指で押し上げる。 「行動パターンを調べれば貴様の弱点などお見通しだ。飲み物はホットで頼むことも、薬屋で必ず胃痛薬を入手することもな……」 「なんだと!? もしや……薬が品切れしていたのは、お前が!」 「いい薬ではないか。腹痛がぴたりと止まる」  勇者は激昂した。青い顔を赤くし、腰に携えた破魔の剣を抜くとシュバルツへと向ける。背中は曲がり、反対の手は腹を押さえていた。 「なんて卑怯な……許せないっ! そこから降りて来い!!」  腹から声を出す。同時に、力がこもる。勇者は息を詰まらせて括約筋を引き締めた。腹の中の爆弾は堤防を突き破って土砂崩れを起こす勢いですぐそこに留まっている。 「かかってくるがいい、勇者よ! かかってこられるものならばな!」  心底おかしそうに笑いながら、シュバルツはマントをはためかせて地面へと降り立った。パチンと指を鳴らすと、黒い穴が空間に開き、四足歩行の甲羅を持った昆虫型モンスターが四体飛び出してくる。 「うぉぉぉぉっ!!」  勇者は若干前かがみになりながら、地面を蹴った。二体薙ぎ払ってひっくり返し、動きを止める。高くジャンプすると、四脚をもぞもぞと動かすも移動できないモンスターの腹に足を入れてぐちゃりとつぶした。とびかかってきた一体の甲羅を叩き割り、隙間から突き刺す。もう一体は甲羅と胴体の隙間に滑らせるように剣を入れて一刀両断。  あっという間のことだった。シュバルツはただ茫然と見守ることしかできなかった。 「なぜだ! 貴様の腹は限界のはず!」 「腹は弱いが……肛門括約筋は、鍛えられる」  勇者の脳裏によみがえる記憶。鼻をつまんだ幼馴染の侮蔑の視線。 『やだ、勇者君のウンコマン。また漏らしたの? サイテー……』  矜持を取り戻すためにも、絶対に世界を救うしかないと思った。そして、そのときの下着は純白でないといけないのだ。 「そんなこと不可能だ! ありえないっ!」  髪を振り乱すシュバルツ。その顔には修羅が宿っていた。 「三年前のことだ。私には好きな娘がいた。美しい娘だった。初めてのデートの日だった。私は必死でそこまでこぎつけたんだ。でも、緊張しすぎて、漏らした――」  勇者はあらん限りの力を足に込め、己の闇と対峙し苦悶するシュバルツに切りかかった。ためらいなく破魔の剣を肩から袈裟に振り下ろす。シュバルツは悲鳴を上げた。 「あのとき、この薬に出会えていれば……」  か細いつぶやき。浄化の光がシュバルツの体を包み、一筋の涙が頬を伝う。姿は、霧のように消失してしまった。 (出会う場所が違えば分かり合えたかもしれないな……)  勇者は思い立ち、ポケットにいれた回復薬のボトルを取り出した。キャップの下には三年前の数字が書かれていた。 end ***** 十年くらい前に書いた短編かな……。 公募ガイドでライトノベルの短編の課題みたいなのがあったときで、 一回目に投稿したやつだと思います。 なんか図書カードもらいました。 この題材で3回くらい書いてます。