題名
小夜の夜泣き石
人物
頭白(62)僧侶
柊悠斗(8)小学生
お石(16)シングルマザー、内職業
轟業右衛門(19)(26)盗賊、旅人
音八(0)(8)(15)刀研ぎ
前寂(62)久遠寺の住職
本文
○小夜の中山・夜泣き石(昼)
2015年。
蝉の鳴き声。柊悠斗(8)、夜泣き石の前で画用紙を広げ、鉛筆でデッサンをしている。
頭白(68)、歩いてきて、夜泣き石の前で手を合わせる。
柊 「こんにちは!」
頭白「こんにちは。夏休みの宿題かな?」
柊 「そうだよ! 夏だから、自由研究は、怖い話にするんだ」
頭白「怖い話かぁ。面白そうだねえ」
柊 「母ちゃん酷いんだよ。夜泣き石は幽霊の話があるって言うくせにさ、自分で調べてこいって言うんだよ」
頭白「なるほどねえ。虎は子を千尋の滝に突き落とし、上がってくる子供のみを育てるんだ。君はきっと強い子になるよ」
柊 「俺、もう強いし! 困っちゃうよ」
頭白、笑う。
柊 「ねえねえ、お坊さん、夜泣き石の怖い話のこと、知らない?」
頭白、小首を傾げて微笑む。
頭白「よおく知っているよ。怖い話かは、わからないけどね……」
柊 「マジ!? やった! 教えてよ!」
頭白「ちょっと長くなるかなぁ」
○小夜の中山(夕)
1500年代。
妊婦のお石(16)が杖をつきながら山道を歩いている。
頭白N「昔々、あるところにお石という女性がいた。夫に先立たれたお石は、お腹の子供のために着物を仕立てる内職をしていた。秋のうっすらと暗い夕方、仕上げた着物を届けた帰り道のことだった」
お石は後ろを振り返る。轟業右衛門(18)が後からついてきている。
早足になるお石。轟は刀を抜いて駆け出す。振り返り、悲鳴をあげて駆け出すお石。
○小夜の中山・夜泣き石(夕)
お石「お金なら差し上げます! せめて命だけは!」
泣きながら息を切らして、夜泣き石に背中をつけるお石。
お石の胸を突き刺す。石がガチン! と音を立てる。捻りながら引き抜く轟。
お石「うっ……」
血を吐きながら前かがみになるお石。
刀の血を払い、収める轟。お石の懐から金を抜き取り、轟は背中を向ける。
おぎゃあ、おぎゃあという子供の泣き声。
轟、振り返り、足が止まる。
轟 「……御免」
早足で歩き出す。
○小夜の中山(夕)
轟の向かいから前寂(62)が歩いてくる。駆け寄る轟。
轟 「すみません」
前寂「はい、なんでしょう?」
轟 「あそこの道端で女が産気付いてて」
前寂「それは大変ですね」
轟 「見てやってください。俺はどうにも苦手で……失礼」
前寂の横をすり抜ける轟。早足に進む前寂。
○小夜の中山・夜泣き石(夕)
前寂「あぁ、なんということでしょうか」
前寂は泣いている音八(0)を袈裟で包み抱き上げて、お石に手を合わせる。
お石「しくしく……」
前寂「ん?」
驚きながらお石の口元へ耳を寄せるが、動かない。代わりに石を見上げる。
前寂「そうか……無念でしたね」
お石に笠をかけてやり、前寂は手を合わせる。それから小走りに去っていく。
○久延寺(昼)
蝉が鳴いている。寺の掃除をしている音八(8)。
頭白N「子供は音八と名づけられて、利発に――頭のいい子に育った。音八が赤ん坊のときに食べたのが子育て飴だと言われているね」
柊N「俺も食べたことあるよ」
頭白N「そうか。じゃあ、頭のいい君は最後まで話を聞けるね」
柊N「当然じゃん!」
前寂(70)は音八に歩み寄る。
前寂「音八」
音八「はい。御用ですか」
前寂「そうだねえ。音八も、もう八歳だ。少し話しておきたいことがある」
音八「はあ……」
不安そうに頷く音八。
○小夜の中山・夜泣き石(夕)
息を切らして駆けてくる音八。膝に手をつきながら石を見つめる。
音八、おそるおそる石を撫でる。
お石「こんなに大きくなって……」
音八「わっ!?」
尻餅をつく音八。それきりシンとして、木々の音だけがさわさわと鳴る。
音八「母さん? 母さんなの?」
再び石を撫でる。
石には抉られたような傷がついている。音八は険しい顔でくぼみを撫でる。
音八「……仇は絶対にとってやる」
頭白N「復讐を誓った音八は、近所の刀研ぎ師に弟子入りした」
○研ぎ屋・店内(昼)
頭白N「それから五年の時が流れた。音八も一人前になって、店に立つようになった」
巡礼の格好をした轟(25)が店に入ってくる。
音八「いらっしゃい」
轟 「この刀を研いで欲しいんだ」
音八に刀を渡す轟。音八は刀を抜いて確認する。
音八「これは珍しい業物だ。しかし、酷い刃こぼれですね」
轟 「誰に頼んでも直らないんだよ……」
音八「どういうことで?」
轟 「実はね……昔、私は継母にいじめられて、荒れていてね。この辺りで盗賊を生業にしていたんだ」
ハッとする音八。石の傷を思い出し、もう一度、刃こぼれしている切っ先を見る。
音八「それは小夜の中山のことですか?」
轟 「あぁ、そうだよ。私は妊婦を斬ってしまった」
音八「そうか。あなたか。そうか、そうか、やっと見つけた……!」
薄ら微笑む音八。何事かと轟は弱弱しく音八を見つめる。
音八は刀を構え、刃先を轟へ向ける。
音八「僕がそのときの赤子だ! ここであったが百年目、いざ尋常に立ち会え!」
轟を睨みつけ、吼える音八。
轟 「あぁ……!」
轟は地面へ座り込むと、土下座をする。
轟 「殺してくれ! あの日以来、ずっとお前の泣き声が耳から離れないんだ。盗賊から足は洗った。だけど、この刀は夜毎女の声ですすり泣き、俺の罪を許してくれない! 頼む、殺してくれ!」
音八「ああ、殺してやるよ!」
刀を振りかぶる音八。
お石「おやめなさい」
音八の手を掴む、半透明の白い手。
音八、つき物が落ちたように目を丸くして呆けると、後ろを振り返る。誰もいない。
轟 「どうした? さあ、早く俺を殺してくれ!」
音八は刀を下ろし、肩を落とす。
音八「母か刀か、殺すなと、止められた。確かにお前を殺したら僕も誰かの命を奪う。お前の罪は勝手に償われて、僕の手には、お前を殺した感触が残る」
音八は掴まれた手首を見つめる。
轟は声をあげて泣き出す。
音八「それでも僕はお前を殺したい。どうしたらいいのか……」
○小夜の中山・夜泣き石(昼)
2015年。
蝉の鳴き声。柊、頭白、向かい合っている。
柊 「音八は仇をやっつけたの!?」
興奮して勢い込む柊に、白頭は微笑を返す。
白頭「二人は巡礼をはじめたんだ。轟は罪滅ぼしのために、音八は人の道に外れたことをしないために」
柊 「うーん……わっかんないや。俺だったら殺しちゃうよ!」
白頭「どうして? いけないことでも、後悔しても、やる?」
柊 「やる! だって、俺の母ちゃんいっつも怒って怖いけど、母ちゃん殺されたら、絶対に許せないだろ!」
白頭「そうかぁ……」
空を見上げる白頭。
白頭「音八も仇と旅をしてとても苦しんだ。随分と長いこと、そう、今でも答えが出ないんだ……」
柊 「変なの。お坊さんは音八じゃないのに、自分のことみたい」
白頭「そうだね、変だね。自分でもそう思うよ」
柊に苦笑を向ける白頭。
白頭「さて、お話は終わりだよ。参考になりそうかな?」
柊 「うん! あんまり怖くないけど、面白かった!」
大きく頷く柊。
白頭「ははは。じゃあ、しっかり勉強して、強い大人になって、音八の分もお母さんを守ってあげるんだよ」
柊 「おう! 任せとけ!」
拳を突き出す柊。おかしそうに笑いながら、白頭は柊と拳をぶつける。
白頭「それじゃあ、そろそろ行こうかな」
柊 「お坊さん、ありがとうございました!」
白頭「気をつけて帰るんだよ」
頭を下げる柊。頷いて、白頭は歩き出す。
柊も背中を向けて歩き出す。
柊 「あ、そうだ。お坊さん、名前教えて!」
振り返ると、誰も居ない。
柊 「う! わ! わーっ!」
悲鳴をあげて走り出す柊。
白頭N「年たけて又こゆべしと思ひきや命なりけり小夜の中山……」
END